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『中世ヨーロッパ ファクトとフィクション』──新規プロジェクトについて

『中世ヨーロッパ ファクトとフィクション』の「訳者あとがき」に、次のように記しました。

日本では現在にいたるまで歴史的「中世」を再評価する視点はおよそ芽生えず、欧米の中世主義運動においてトールキンら「中世主義の媒介者」が描いた世界観から要素を取捨選択(ブリコラージュ、つまみ食い)することに重点が置かれた。これは新中世主義と呼ばれる。1980年代、日本で剣と魔法のファンタジー作品が数多く創作され受け入れられた。社会問題にもなった「ドラゴンクエスト」が発売された頃、と言えばわかってもらえるかもしれない。これに直接の影響をおよぼしたのは、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(1974年)など、アメリカ発のテーブルトーク・ロールプレイングゲーム( TRPG)だった。このような影響の経路を見ても、翻案に翻案を重ねるのが日本流の(新)中世主義の特徴と言える。

『中世ヨーロッパ ファクトとフィクション』より

これまで中世ヨーロッパ史の専門家は、この日本で独自に発達した中世主義について深く検討してきませんでした。しかし専門家は、歴史的なファクトと(史料の少なさに起因する)認識上の限界に通じているからこそ、フィクションの性格とその影響力を多面的に理解できるのではないか、という直感が僕にはあります。

そこでこの度、こうした研究を進めるために申請したプロジェクトがサントリー文化財団研究助成「学問の未来を拓く」に採択されました。その名も「日本の大衆文化におけるヨーロッパ中世主義の受容と展開」です。今後、これが重要なプラットフォームを提供してくれるはずです。共同研究者の松本涼さん(北欧・ヴァイキング文化)、小宮真樹子さん(アーサー王物語)、白幡俊輔さん(城郭・軍事史)と協力して、専門的な中世研究者の立場から中世主義研究を進めていきます。

以下、研究助成の申請書に書いたことを転載します。一部なので分かりづらいかもしれませんが、趣旨にご賛同いただける研究者、そして創作者の方々からのコンタクトをお待ちしています。

現時点では、日本版の中世主義がどのような特質を持ち、欧米版とどう異なるのかについて知見が完全に不足している状況である。その最大の理由は、娯楽作品の創作者および消費者と中世研究者との間の決定的なコミュニケーション不全である。これを克服することは容易ではない。この課題を解決するためには、中世ヨーロッパそのものを専門的に研究しつつ、日本の中世主義の展開に強い関心を持ってきた「架け橋」となる研究者の協力体制が不可欠である。正確な中世ヨーロッパ理解に立脚することで、日本版中世主義でどのようなファクトが削ぎ落とされ、どのようなフィクションが付加されてきたのかが明確になる。さらにそれを欧米版中世主義と比較することで、例えば『武士道』を著した新渡戸稲造が西洋の騎士と武士を重ねたように、中世ヨーロッパの要素を換骨奪胎し、独自の文脈で読み解いてきた日本文化の営みが明らかになるだろう。

「日本の大衆文化におけるヨーロッパ中世主義の受容と展開」申請書より

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