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『中世ヨーロッパ ファクトとフィクション』出版から1年が過ぎて(3)

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『中世ヨーロッパ ファクトとフィクション』出版から1年が過ぎて(2)

『史学雑誌』の第5号は毎年、「回顧と展望」と銘打って前年の歴史学界の動向を詳細に伝えてくれます。今年は「歴史理論」欄で上智大学の北條勝貴さんが本書に触れ、これをパブリック・ヒストリーの試みとして位置付けておられました。しかし実のところ、これを読むまで僕は本書と本書に関わる活動が「パブリック・ヒストリー」に属するだなんてまったく意識していませんでした。本書の企画段階で、僕は日本の歴史学を取り巻く状況、とりわけ歴史認識に関する状況が切実であり、ひとりでも多くの人とこの本を片手に対話し、ともに歴史のことを考えたい、と考えていたに過ぎません。

しかし改めて指摘されてみると、なるほど本書はパブリック・ヒストリーの実践以外の何物でもありませんし、そのための絶好の教科書だと思います。今後は(北條さんを含め)パブリック・ヒストリーにコミットする方々と意見交換を進め、歴史認識という問題群において、時代としての「中世」がどのような本質的価値を有するか考えを深めていきたいと思います。

パブリック・ヒストリーは、歴史に関心はあれど歴史学の学術的作法に馴染んでおらず、歴史に親しむ目的が学術的なそれとはっきり異なる一般の市民のみなさんと歴史について対話する試みです。しかしそうした対話には、実に多くの困難が待ち受けています。例えば、通俗的な歴史観が無批判に拡散していく状況にどういった手立てがあるのか。本書の原著者ブラックが19世紀の歴史書を取り上げて指摘しているように、通俗的な歴史観は広く手にとられる歴史教養書を通じて拡散し、緩やかに定着します。今年に入り、とある市民講座で「今さら『暗黒の中世』だなんて考えている人はいないのではないですか」という感想を頂戴しましたが、実態はそれほど楽観視できるものではないと感じています。

著名な漫画家であるヤマザキマリさんが2016年に上梓した『ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論』という本があります。「既成概念にとらわれず、型にはまることもなく、自在に自らの感性と技巧を操る、果てしなく自由な思想を持った」変人たちを通してルネサンスを理解し、そこから現代の閉塞感溢れた日本に対して提言をする、というのがその本の趣旨です。それ自体はとても面白い試みだと思うのですが、そこではルネサンスに先立つ中世について、躊躇なくこう表現しています。

中世という、文化的・精神的な価値が見失われていた暗闇のような時代の中にあって、喪われつつあった古代ギリシャ・ローマの記憶を手がかりに光を投げかけ、人間性の「再生」を果たしていったルネサンスという文化運動は、決して生易しいものではありませんでした。

ヤマザキマリ『ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論』より


ルネサンスという文化運動を理解するために、なぜ中世を「文化的・精神的な価値が見失われていた暗黒のような時代」と表現しなければならないのでしょうか。こんな有名な人が、平然と中世暗黒史観をもののついでのように書き、それを多くの読者が目にしているのが現状です。菅豊さんは『パブリック・ヒストリー入門』でこう書いています。

オーソドックスでアカデミック、そしてプロフェッショナルな歴史学の世界とは異なる世界で、普通の人びとにより歴史が認識され、歴史が語られ、歴史が書かれていくという、この「単純な事実」を認めるならば、人びとの毎日の生活の歴史、すなわち日常史だけではなく、人びとの毎日の生活における歴史認識の構成・構築、そして日常生活のなかの歴史実践という課題が、いまの歴史学の射程に引き摺り込まれてくるのは当然の帰結であろう。

菅豊・北條勝貴編『パブリック・ヒストリー入門』より

「普通の人びとにより歴史が認識され、歴史が語られ、歴史が書かれていく」というのは、要はヤマザキマリさんの本を通じて歴史と触れ合うことを指すのでしょう。プロフェッショナルな研究者なら誰一人として中世は暗黒だなんて考えていません。これまでプロフェッショナルな研究者と一般の人びとのコミュニケーションがうまくいっていなかったためこの懸隔が生じているのであれば、そこでパブリック・ヒストリーの実践が求められるわけです。「象牙の塔」にいる研究者が、もっと開かれた場に出ていく。その際、暗黒史観は正しくない、と単に喝破するだけではいけません。ヨーロッパ中世の暗黒史観が日本で受け入れられる文化的背景は何なのか、文化的意義は何なのか。それを一番よく知っている人たちも交え、その功罪について率直に語り合うことが求められるのではないでしょうか。

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