雑誌『エクフラシス』第1号落掌
先日早稲田の研究会で,先日このブログで紹介した『エクフラシス』を入手。ヨーロッパ中世・ルネサンス研究所の所長を務めている甚野先生から頂きました。
目次はこのPDFファイルを参照のこと。
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その中から,読みたいと思っていた鈴木喜晴「14世紀修道会史叙述における「隠修」の問題 ーカルメル会とアウグスティヌス隠修士会を中心に」を早速読みました。まずなによりシトー会を研究している者にとって(あるいは私だけか?)おろそかにしがちな13〜14世紀の宗教運動について,近年その再評価が進んでいることを教わったのは有益でした。そこで引かれていたD. L. D’Avrayは未読ですが,ちょっと自分の目で読んでみる必要があります。
D. L. D’Avray, Papal Authority and Religious Sentiment in the Late Middle Ages, in: D. Wood (ed.), The Church and Sovereignty c. 590-1918, Oxford 1991, p. 393-408.
D. L. D’Avray, Medieval Religious Rationalities. A Weberian Analysis, Cambridge 2010.
本論が扱った主題は,①カルメル会とアウグスティノ隠修士会が托鉢修道会として再編される過程,②彼らがフィクショナルな伝統を創出したこと,そして③彼らが隠修士共同体という出自に基いて「活動(vita activa)」ではなく「観想(vita contemplativa)」に重点をおいたこと,の3点。
②で興味深かったのは,カルメル会士ヨハネス・フォン・ヒルデスハイムの『擁護者と誹謗者の対話』において,フランシスコ会やドミニコ会に対し「隠修士の」修道会であるカルメル会が修道制の最も正当な「継承者」であることを強調している点。まさに後進の修道会ならではと言えて,例えばシトー会もクリュニーに対し同様のことをしています。
③は紙幅の都合かあっさり目の叙述なので,もう少し読みたかったというのが正直なところです。
色々勉強になったので,一度著者の方と(面識なし)お話ししてみたいものです。
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