ヒメロート再訪(8月9日)
今回の滞在では、なるべく多くのシトー会修道院を見てくるというのが目的の一つです。とはいえ週末くらいしか自由に動けないのが実情なわけで、この週末は念願のヒメロート(Himmerod)再訪を果たしました(初めて訪れたときの記事はこちら http://ohnuki.hatenablog.com/entry/20080809/1218394567)
前回の記事で上げたのと同じような写真をもう一枚。前回は祭壇側から撮ったものでしたが、今回は普通に信徒席側から。
ヒメロートは博士論文で徹底的に扱った修道院で、これからもしばらく単発の論文、口頭発表などでアウトプットしていくと思います(実際今書いている論文では7割がヒメロート関連)。
聖ベルナルドゥスとトリーア大司教アルベロの友誼ゆえに、ここアイフェル山地にクレルヴォーからシトー会士がやってきました。さらにここからハイスターバッハが派生してヒメロートで修道士をしていたカエサリウスがそこで多くの著作を書き、またヒメロートの最初の修道士団にいたダヴィドが聖人となるなど、12世紀末のヒメロートは、シトー的霊性を象徴する重要な修道院となりました。
前回来てから6年も経っているのかと驚きを隠せません。あの頃はまだ博士論文の方向性も定まっておらず、もちろん本文は1文字も書いていなかったと記憶しています。
前回ゆっくり見ることができなかった資料館も、今回は回ることができました。その名も「古い水車 Alte Mühle」
小さな家屋ですが、3階建てでとても落ち着いた雰囲気です。
中世由来の展示物はほとんどありませんでしたが、ゆかりのある作家の美術作品の他、修道会・修道院の歴史の解説もしっかりなされていました。
そしてこれこそが僕が「人文学への招待」(単発講義)で扱った椅子です!こんなところにあるとは!14世紀にケルン近郊のカンプ修道院で使われていたもののレプリカですが、これを使って修道士は写本を作成していたそうです。言い換えれば、僕らが普段使っている書き物机は用いられていなかったということ。
聴講していた学生が言っていましたが、この椅子は一度座ると体が完全に囲まれてしまうので写本作成に集中できるのでは、ということでした。そういう身体感覚に基づく発想は大切ですね。勉強になりました。
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今回の滞在ではもう一つシトー会修道院を訪れたので、それについてはまた次の記事で。
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